自然科学分野で硤合東京理科大名誉教授、ノーベル賞受賞。
十月七日、とても嬉しいニュースが届きました。東京理科大学名誉教授の硤合憲三(そあい・けんそう)先生が、フランスのアンリ・カガン先生とともに、ノーベル化学賞を受賞されました。硤合先生は七十六歳。私と同世代です。心からお祝い申し上げます。
受賞の対象となったのは、不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見です。少し難しい話ですが、分子には、右手と左手のように鏡に映した関係にある二つの形を持つものがあります。薬をつくるときには、どちらの形をつくるかが大切になる場合があります。硤合先生は、片方の形ができると、それ自身が触媒となって同じ形をさらに生み出す反応を見いだされました。
小さな偏りが、反応を重ねるうちに大きくなっていくのです。この研究は、生命の化学にある「なぜ片方の形が選ばれるのか」という謎を考える手がかりとなり、医薬品づくりにもつながる重要な成果です。
基礎研究は、すぐに答えが出るものではありません。失敗を重ね、考え、実験し、また考える。そうした地道な積み重ねが、何十年もの歳月を経て大きな実を結ぶことがあります。
人々の暮らしや健康を支える成果の陰には、研究に打ち込む方々の長い努力がある。そのことを思うと、誇らしい気持ちになります。硤合先生は今も研究を続けておられるとうかがいます。同世代の私も、自らを磨き、与えられた仕事を通じて人の役に立ちたい。「老いてはいかん」と、背筋が伸びる思いです。
私は「新聞いのち」。新聞を読み、その価値や役割を伝えたいと、これまでもブログに書いてきました。新聞を読む人が減り、発行部数も落ちていく。そのなかで、新聞社自身が新聞の価値や役割を信じられなくなっているのではないか。そう感じると、寂しくなります。
今回、手元にある朝日、読売、毎日、中日、岐阜、日経の六紙を見比べました。各紙の一面には、東京理科大学での記者会見で、硤合先生が質問に答える姿が載っています。ところが、朝日新聞だけは、ずいぶん以前の写真でした。地域版の事情があるのかもしれませんし、記事の中身こそ大切だということも分かっています。
それでも、発表当日の大きなニュースを各紙が新しい写真で伝えるなかで、そこに違いがあることを見つけ、残念に思いました。読者は紙面を見比べています。新聞には、確かな内容とともに、その時その場を伝える工夫も求められているのではないでしょうか。
新聞の使命は、権力を監視し、声の届きにくい人たちに光を当て、よりよい社会をつくるために言葉を尽くすことです。だからこそ、朝日新聞にも頑張ってほしい。新聞がこの世から消えたなら、社会を照らす大切な灯火の一つが失われる。私はそう思っています。
そして、基礎研究を続ける人たちにも、国はもっと光を当てなければなりません。長い年月をかけて知を育む環境を整え、研究者が安心して挑戦できるよう支えることは、政治の大切な責任です。知の灯火を絶やさないために、どんな政治家を選ぶのか。その力を持つのは、私たち国民です。 Goto








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