新蕎麦を肴に、一献傾けませんか・・・・・。
11月号の我社発行の生活情報誌「GIFUTO(岐阜人)」が一昨日より岐阜市内、165000世帯に配布されました。早速に、友人から、携帯にメールが。
表紙が秋らしくていいねー。新蕎麦で一杯やろうと・・誘いを受けました。とても嬉しい。
毎月のことですが、月末には、GIFUTOをはじめ19誌、102万部の生活情報誌が、岐阜、三重、滋賀、福井県の各エリアの家庭に配布されます。
随分と、寒くなってきました。改めて、ポスティングスタッフに感謝申し上げると同時に、どうか、丁寧に、そして、安全に読者のお宅まで届けて頂くことをお願いします。ご苦労様です。
そのGIFUTOの巻頭特集は「フランス人がボージョレを心待ちにするように・・・・・。日本人は新蕎麦の到来に心ときめくのではないでしょうか・・・・」と始まる「新蕎麦」の話題。
子供の頃の記憶では、岐阜では手打ち蕎麦のお店が無かった気がします。むしろ、名古屋のきしめんが近いせいか、蕎麦よりも、うどん。それも土鍋で煮込んだ「赤味噌のうどん」が有名だったと思います。
で、GIFUTOの特集を読んで、なるほどと、理解したのが、明治初期創業の「日本料理 ひら井」の代表の「開業当時(1980年)岐阜には蕎麦専門店がほとんどなく、蕎麦文化もあまりなかった」
「先代が「岐阜の人間が楽しめる蕎麦文化を作りたいと」、7年かけて「美濃そば」を開発し、蕎麦の専門店を開きました」と、蕎麦専門店のルーツを聞いて納得。
今では、岐阜の街にも、美味しい蕎麦専門店が誕生。その味を競ってます。
蕎麦と言えば、そりゃ、江戸の下町。池波正太郎の世界です。「鬼平犯科帳」「剣客商売」の昼餉、夕餉時には、頻繁に登場します。それも、小粋に蕎麦をすすりながら、酒を飲むシーンとして・・・・。
昨日は、江戸でした。会議場所近くに、お洒落な蕎麦屋があったハズ。鬼平気分で、辺りを探しましたが、見つかりませんでした。自分の記憶のいい加減さに、呆れながら・・・・・・。
そうか。岐阜の蕎麦屋と江戸の蕎麦屋の違いは、蕎麦を肴に「一杯飲む」習慣の「ある、なし」かも。
その習慣の違いが、蕎麦文化、蕎麦の歴史の違いではないかなどと、思い付きました。
よし、GIFUTOに掲載されてる蕎麦屋を片っぱしから訪ね、「つゆにチョンと付けて、シュルシュルっとすすり・・・・・」「ふぅーと鼻に抜けるかすかな麦の薫りを・・・」地酒を味わいながら、友人と楽しんでみるか・・・・。
馥郁たる秋の到来。あなたも、「新蕎麦」を手繰りに、一緒に行きませんか。御馳走しますよ。
Goto
追伸。
馥郁(ふくいく)とは、ここちよい香りが漂っているさま。
我社の編集部の「味のある馥郁たる」文章を楽しんで下さい。(写真参照)
当社発行のGiFUTO11月号 巻頭特集
コメント
勉強させて頂きました。
ナガラさんは博学、博識、教養があり、そしてロマンチスト。重厚なコメントありがとうございます。
「むべ」食べた事がありません。知りませんでした。町育ちなものですから。「むべ」もない。と、申し上げたいのですが、教養がないのです。
ご指導、心より感謝します。
Goto
馥郁(ふくいく)…、綺麗な言葉ですね。
物理的に嗅覚で感じるというよりも、精神的な雰囲気を表しているように思います。
昔、私の知り合いの大学生に、『郁』という名前の女性がいました。
てっきり『いく』と読むのだと思い、普段、『いくちゃん』と呼んでいましたが、卒業間際になって『本当は私の名前、かおるです。』と云われた、甘酸っぱい思い出があります。文字通り奥ゆかしく、馥郁とした女性でした。
もう一つ。『郁子』と書いて『むべ』と読ませる食べ物があるのを、知っていますか。
田舎の方でしたら当然ご存じだと思いますが、蔓植物のアケビの仲間で野に自生しています。
アケビと違うのは、アケビのように熟してもパックリ割れないこと。
初霜の降りる頃に実の表面がきれいな紫色に染まり、食べ頃になります。
実の中は、アケビと較べ種がやや大きく、いっぱいに詰まった果肉はアケビよりも甘味が強くジューシー、とても上品な味わいです。
なぜ、この植物に『郁』の字が当てられたか不思議に感じますが、私のような田舎育ちには、新蕎麦とともに十分納得させられる、秋の『郁り』なのです。