殺されるのを待つこと。声を上げ、そして殺されること・・・どちらを選びますか?
朝日新聞はノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララさん(17歳)の受賞演説全文を英文で掲載した(写真参照)・・・その扱い方が如何にも朝日的だと苦笑するのですが。真摯な思いがヒシヒシと伝わる感動的な内容です。以前、国連での演説にも驚きましたが・・・・どうぞ、日本語訳が付いてます。お読み頂ければと思います。
「すべての子供に質の高い教育を」の活動を始める前に二つの選択がありました。一つは何も言わずに、殺されるのを待つこと。二つ目は声を上げ、そして殺されること。私は二つ目を選びました。声を上げようと決めたのです。・・・夢や戯言ではないのです。命を賭けているのです。
毎日新聞の記事からです。母国パキスタンの私学連理事長は「近代的な学校教育を主張するマララさんは西洋の価値観を押し付けている」と批判し「国民の間には米国主導の対テロ戦争に振り回されてきた国民の反米感情が根底にある」と指摘「欧米の伝統や文化は我々とは違う。我々には独自の価値観がる」とマララさんを批判する。
教育を受ける権利に価値観が必要なのかどうかは、私には理解できないのですが。「指導者達はいかに教育が大切かわかっている」「彼らの子供は良い学校に通っている」と語るマララさんの訴えに西洋的価値観とは違うという批判で切り捨てるには無理があると思う。
「大人は理解しているのかも知れないが、私達子供には、どうして「強い」と言われる国々が戦争を生み出す力があるのに、平和をもたらすのに非力なのか。なぜ、銃を与えるのはとても簡単なのに、本を与えるのが難しいのか。戦車は簡単に造るが、学校を建てるのがとても難しいのか?」
この訴えに、返す言葉があるだろうか。朝日新聞が全文を掲載した意味がここにあると思う。私的には、教育の自由が保障されている日本の子供たち、いや、大人達も、その恩恵を理解して物事に真摯に向き合う必要があるのではと思う。
我が日本、青色LEDでノーベル物理学賞を受賞した3名の先生方が、若者よチャレンジする精神を持てと訴えておられるのを聞くと、余りにも日本の社会は平和ボケで夢も希望も誇りまでも投げ捨ててしまったノー天気な時代を迎えているのではと苛立たしい。Goto
12/11朝日新聞 12/11日本経済新聞
コメント