中東紛争が勃発した。
今起こっている事象は、必ずそれ以前に前兆がある。
それに気づかねば為政者ではない。国民を導く資格がない。
米国とイスラエルがイランを攻撃。去年の夏・核施設を攻撃している。
最高指導者を殺害した。周到に準備された攻撃である。
中東情勢は極めて重大な局面に。
世界はますますキナ臭くなった。ニュースを開けば、緊張、対立、報復という言葉が躍る。遠い国の出来事であっても、決して他人事ではありません。
経済も市場も、そして人々の心も、すぐに波立ちます。
私は最近目にした新聞から学んだ。
ある一場面が書かれている。敗戦直後、進駐軍司令官ダグラス・マッカーサーと面会した昭和天皇が、「すべての戦争責任は私にある。国民を助けてほしい」と語ったと伝えられるあの姿です。国家存亡の淵にあって、自らの身を顧みず、民を思う。その覚悟に、為政者の徳とは何かを考えさせられます。
また、松下幸之助翁は晩年、「日本は本来、人徳の国や。人徳のあるリーダーにならなあかん」と若い経営者に語り、八十四歳で松下政経塾を創設しました。権力や金銭ではなく、徳を磨くことこそが、国を支える土台であるとの信念だったのでしょう。高市早苗首相はその松下政経塾の出身である。
今、中東では、トランプ米国とネタニヤフイスラエルがイランを攻撃、泥沼への対立が激化し始めた。歴史的、宗教的、地政学的背景は複雑で、正邪を単純に論じることはできません。しかし一つ言えるのは、力による解決は新たな憎しみを生むだけだということです。武力は一時の勝敗を決しても、永遠の平和をもたらすことはありません。
私はイスラエルを十回以上訪ねました。多くの人々と語り、その国の成り立ちと緊張を肌で感じてきたつもりです。だからこそ思うのです。宗教国家であれ、民主国家であれ、最終的に問われるのはリーダーの「徳」ではないかと。相手を滅ぼす理屈ではなく、共に生きる道を探る心。そこにこそ未来があります。果たして宗教指導者・ハメネイ師に徳はあったのか。
経営も同じです。「何のためにやるのか」という理念と、「どこへ向かうのか」というビジョンがなければ、組織は漂流します。そしてその根底にあるのは人徳です。人徳とは、他者のために責任を引き受ける覚悟であり、私心を抑え、全体の幸福を願う心の力です。
混迷の時代だからこそ、日本の先哲に学び、徳を積みたい。まずは身近な人に尽くすことから。怒りではなく、感謝を。対立ではなく、対話をと願うしかない。でも、如何にも「我」無力だなぁ。Goto


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