ご同輩、私はゴルフ場の芝刈りが良い。
野菜は「買う」から「作る」る時代だそうだ。
春である。田舎暮らしをしていると、この季節になると決まって聞こえてくる声がある。
「今年は野菜でも作ってみようか」実に元気な高齢者(ご同輩)たちの会話である。私の周辺でも、そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
いっとき日本でも流行った家庭菜園だが、最近は欧米でもブームだそうだ。日本でも都市部で市民農園が増え、定年を迎えた人たちが畑に通い、野菜づくりに精を出している。
ひょっとすると、野菜は「買う」ものから「作る」ものへと、静かに時代が動いているのかもしれない。
理由は簡単である。国際情勢がどうにも不安定だ。加えて物価高。物流費は上がる一方で、遠くの農地から新鮮な野菜を都市へ運ぶ仕組みも、盤石とは言えない。そんな話を聞くと、家庭菜園は単なる趣味ではなく、ささやかな生活防衛のようにも思えてくる。
日本はありがたい国だ。雨も降る、土も肥えている。野菜を育てるには実に良い風土である。売るわけでもない。自分で食べる分なら多少形が曲がっていようが、立派なものだ。
育てる喜びがある。新鮮で安心な野菜が食べられる。高齢者にとっては生きがいにもなり、畑に通えば健康管理にもなる。ついでに家計も少し助かる。まことに良いことづくめである。
さて、春に蒔く野菜と言えば、まず初心者向けのものがある。二十日大根、小松菜、サニーレタス。これは種を蒔けばほぼ育つ。家庭菜園の入門三羽烏と言ってよい。少し欲を出すならミニトマト、きゅうり、ナス。春に苗を植えれば夏には収穫できる。枝豆なども人気だ。畑に並ぶ緑の葉を見ると、なんとも言えぬ満足感があるらしい。
ただし、簡単そうに見えて問題もある。畑仕事は、なかなかの重労働だ。しゃがむ、立つ、鍬を振るう。これを繰り返す。普段デスクワークしかしてこなかった人がいきなり畑に出ると、翌日は腰が悲鳴を上げる。
そして植物は生き物である。水もいる、世話もいる。途中で「今日は面倒だから休もう」とは言えない。さらに聞くところによれば、家庭菜園には「三年目の壁」というものがあるらしい。最初の年は楽しい。二年目は少し慣れる。三年目になると害虫、病気、猛暑が一斉に襲いかかり、見事に心を折ってくるそうだ。まるで人生の試練のようである。
だから私は思う。最初から完璧を目指す必要はない。近所の農家に教えを請うのも良いし、まずはプランターで二十日大根でも育ててみる。いきなり十坪の畑を借りると、雑草のほうが元気に育つという、ありがたい現象が起こる。もっとも、である。
不精な私はと言えば、最寄りの生協で立派な野菜を買うのが一番合理的だと思っている。健康管理なら毎朝のウォーキングとストレッチで十分だし、休日にはゴルフ場の芝刈り…いや、ゴルフが待っている。
畑で汗を流すか、フェアウェイで汗を流すか。悩ましいところである。それでも春になると、人は土を触りたくなる。もしかすると、人間のどこかに「耕す本能」が残っているのかもしれない。
さて、今年もまた聞こえてくる。
「今年は野菜でも作ってみようか」私は静かに頷きながら言うのである。「いいですねぇ。うまくできたら、ぜひ分けてください。」家庭菜園ブームの最大の恩恵は、実はここにあるのかもしれない。Goto


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