金融庁が如何なる判断を下すかが問われる。
生命保険とは何か。
それは単なる金融商品ではない。人が生きるという根源、すなわち「もしも」に備え、家族と未来を守るための信頼の契約である。
その根幹が、いま大きく揺らいでいる。
プルデンシャル生命保険に端を発した金銭詐欺問題は、もはや一企業の不祥事の枠を超えた。社員・元社員100人以上が関与し、被害総額は31億円規模。当初約500件とされた被害は、さらに700件上積みされ、被害の広がりは底が見えない。加えて、ジブラルタ生命保険へも波及したとされる。
ここまで来れば、結論は明白だ。
これは個人の逸脱ではない。組織の病理である。
組織ぐるみと言われても否定できぬ現実
記者会見でトップ自ら、「要因は組織全体にある」と認めた。本社機能、支社体制、ビジネスモデル、そしてガバナンス——すべてに問題があると。重い言葉である。
自主的に営業停止を90日から更に延長し、180日にするとした。ほぼ一年近く営業ができない状況に至った。これは単なる自粛ではない。企業としての体力を考えれば、事実上の機能停止に近い。それでもなお、抜本改革には時間がかかるという。裏を返せば、それほどまでに組織の根は深く、広く、歪んでいたということだ。
問われるべきは誰か
ここで忘れてはならないのは、監督責任である。保険会社を監督するのは、金融庁だ。ここまでの規模、ここまでの長期、ここまでの広がり。これを「業務改善命令」で済ませることが果たして許されるのか。
私は、そうは思わない。
本件は、企業統治の崩壊である。
ならば問うべきは、日本法人にとどまらない。米国の親会社、その経営思想、収益至上の構造にまで踏み込まねばならない。金融庁は、単なる監督官庁ではない。国民の資産と信頼を守る最後の砦である。
契約者の救済なくして正義なし
最も守られるべきは、契約者である。
会社を信じ、営業員を信じ、将来を託した人々だ。事件が長引けば、被害は拡大し、心の傷も深まる。保険とは本来、不安を和らげるもののはずが、逆に不安の源となってしまっている。
これは看過できない。賠償責任の明確化、迅速な救済、そして再発防止。さらに必要とあらば、業務停止命令という厳しい行政処分も辞さぬ覚悟が求められる。
外圧に屈しない覚悟を
懸念がある。外資系企業であるがゆえに、政治的・外交的な配慮が働き、判断が鈍ることだ。しかし、それだけはあってはならない。金融行政に必要なのは、迎合ではなく、規律である。国民の信頼は、一度失えば取り戻せない。
生命保険は、人の生と死に寄り添う、極めて重い事業である。その信頼を裏切った罪は、数字以上に深い。金融庁には、今こそ問われている。
誰のための行政か。
何を守るための規制か。
毅然たる判断を、そして迅速な行動を。
それこそが、傷ついた信頼を再び立ち上がらせる唯一の道である。Goto


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