父の日に何を贈るか?

「喜べば喜びが喜びながら喜び事を集め喜びにくる」

教育者・東井義雄氏の有名な言葉である。私はこの「喜び」を「感謝」と置き換えてみたい。「感謝すれば感謝が感謝しながら感謝を集めて感謝がくる」実に味わい深い言葉になる。

今日は父の日である。父の日の起源はアメリカにある。南北戦争から生還した父親に育てられた女性が、「母の日があるのだから父に感謝する日も必要だ」と提唱したのが始まりとされる。その後、アメリカ全土に広がり、日本にも伝わった。現在は六月第三日曜日が父の日である。

しかし、私は正直なところ少し首を傾げる。
母の日が五月だから、その翌月を父の日にした。ならば五月を「親に感謝する月」にすればよいではないか。わざわざ父と母を分ける必要があるのかとも思う。父母への畏敬が日本だ。

そして父の日と聞くと、決まってプレゼント商戦が始まる。ネクタイ、シャツ、酒、グルメ、健康器具。まるでクリスマスのようである。もちろん贈り物を否定するつもりはない。家族の気持ちがこもっているなら素晴らしいことである。

だが、昨今はインフレである。物価高が家計を直撃している。所得が上がらなければ暮らしは楽にならない。それならば、父の日は父親の給料が上がる日にしたらどうか。

定期昇給に加え、企業が父の日手当を出す。民間主導で良い。働く父親に報いる日である。そうなれば父親も働き甲斐があるし、家族も感謝の気持ちを具体的に表せる。もっとも、現実には難しいだろう。

だからこそ私は別のことを提案したい。
父の日は「ありがとう」が飛び交う日にすれば良い。

ユニクロが父の日に合わせて掲載した新聞広告が実に良かった。
男子高校生はこう語る。「小さかった頃のあのでかい背中はずっとあってほしいっていう謎な感情がどこかに。だから元気でいてください。マジで。」子どもの成長は嬉しい。

女子高校生はこう語る。「パパと結婚するって約束はなかったことにして下さい。一人暮らししたいって言ったら、うん、て小さい声で答えた。」父親なら誰しも胸が熱くなる。

物ではない。言葉である。
記憶である。感謝である。

現代社会は即物的になり過ぎた。「何をもらったか」で価値を測り、「いくら使ったか」で愛情を量ろうとする。その先にあるのは利己主義であり、人間関係の希薄化である。

人間学は違う。人は感謝によって成長する。
感謝は人を謙虚にし、優しくし、強くする。

父の日とは、本来、父親にプレゼントを渡す日ではない。父親の存在に思いを巡らせ、自分がどれだけ多くの愛情や苦労の上に生かされてきたかを振り返る日である。「お父さん、ありがとう」その一言で十分ではないか。感謝すれば感謝が感謝しながら感謝を集め感謝がくる。

父の日。そんな言葉が家庭の中を飛び交うだけで、実に素晴らしい一日になると思うのである。Goto

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