無関心であってはならない。
少し重い話である。しかし、日本人として真剣に向き合わねばならない問題だと思う。皇室典範改正に向け、「立法府の総意」がまとまった。骨子は二つである。
一つは、女性皇族が結婚後も皇室に残ること。もう一つは、旧宮家の男系男子を養子として皇族に復帰させることである。皇族数の減少という現実に向き合い、皇室の安定的な存続を図ろうとする議論である。
難しい問題であり、国家の根幹に関わる課題だ。だからこそ、時間をかけて主要政党が熟議を重ね、一つの方向性を示したことに、まずは敬意を表したい。
皇族の務めとは何か。
天皇陛下は、「若い世代を含めた皇族の一人ひとりが、それぞれの立場で務めを果たしながら、国民に寄り添い、また国際社会との友好親善に努めていくことが大切」と語られている。国民の幸福と安寧を願い、苦楽を共にし、ただひたすら祈りを捧げる。これが象徴天皇制の本質であろう。
私は皇室の存在を認める。それは政治的な立場ではなく、人間学的な視点からである。
人は自分一人で生きているのではない。親がいて、祖父母がいて、そのまた祖先がいる。己の存在の源流を辿れば、必ず先人への感謝に行き着く。個人にも系譜があるように、国家にも系譜がある。
皇室とは、日本という国の歴史そのものであり、日本人がどこから来たのかを静かに語り続けてきた存在ではないだろうか。
近年、天皇制に関心を持たない人が増えたと言われる。日々の暮らしに追われ、自分の生活を守るだけで精一杯。その気持ちは理解できる。
しかし、自分の親や祖父母、さらには祖先に思いを馳せない人生がどこか味気ないように、国の歴史や伝統に無関心であることもまた寂しいことである。
なぜ皇室は二千年近く存続してきたのか。なぜ多くの日本人がその存在を大切に思うのか。賛成か反対かの前に、一度は真剣に考えてみるべきではないか。
私は戦後教育の大きな課題の一つは、歴代天皇や日本の歩みを十分に教えてこなかったことだと思っている。
自分の住む地域の歴史や文化、風土や産業を知らずして、その土地を愛することは難しい。同じように、日本という国の成り立ちを知らずして、日本を深く理解することもできない。
皇室典範改正の議論を通じて、私たちは皇室とは何か、日本とは何かを考える機会を得た。メディアが丁寧に報じ、国民が議論に参加できる。
これもまた民主主義の成熟した姿であろう。先人たちが築き上げてきた国の仕組みと叡智に感謝したい。
賛成であれ反対であれ構わない。
しかし、無関心だけは避けたい。
人間が自らのルーツを見失えば生き方が定まらないように、国家もまた、その歴史と伝統を忘れた時、進むべき道を見失う。
皇室典範改正の議論は、単なる制度論ではない。私たち日本人が、自らの来し方を振り返り、これからの国の在り方を考えるための大切な問いかけなのである。Goto


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