名は体を現す

「富山きときと空港」が「富山高山すし空港✈️に。

「名は体を現す」という。
あなたは自分の名前を好きですか。

「良い名を授かった」と誇りに思い、名付けてくれた親に感謝していますか。それとも、どこかしっくりこないと感じていますか。

しかし、名前とは好き嫌いで論じるものではありません。その名を大きくするも、小さくするも、結局はその人自身の生き方です。名は人生への最初の贈り物であり、その価値は自らが築いていくものではないでしょうか。

そんな「名前」に関する話題が飛び込んできました。富山県の空港が愛称を変更しました。これまでの「富山きときと空港」から「富山高山すし空港」へ。

背景には厳しい現実があります。利用者数は2004年度の約139万人をピークに減少し、2025年度は約38万人。国際線の定期便もなく、空港運営は苦戦が続いています。

そこで目を付けたのが、隣・岐阜県の飛騨高山です。訪日外国人宿泊客が年間100万人を超える国内有数の観光地であり、岐阜県には空港がありません。高山への最寄り空港として世界に売り込もうという発想です。

「きときと」とは富山弁で「新鮮」「生き生きしている」「活きがいい」という意味です。「きときとの魚」「今日は魚がきときとやちゃ」などと使われ、富山の海の幸を象徴する、温かみのある言葉です。その土地ならではの文化が感じられる、私は実に良い名前だと思っていました。

もっとも、全国を見れば、高知県の「高知龍馬空港」、鳥取県の「米子鬼太郎空港」、同じく「鳥取砂丘コナン空港」、そして今月からは石川県輪島市の能登空港も「のと里山ポケモンウィズユー空港」となりました。地域色を打ち出す流れの中にあることは理解できます。

岐阜県民としては「高山」の名が全国へ広がるのはうれしい限りです。しかし、富山県民はどう受け止めているのでしょうか。

私は少々疑問です。

富山空港と飛騨高山は約80キロ離れています。決して「すぐ近く」という距離ではありません。果たして名前を変えただけで利用者は増えるのでしょうか。

本質はそこではないはずです。

考えるべきは、なぜ139万人いた利用者が38万人まで減ったのか、その原因です。地方人口の減少、新幹線開業による交通体系の変化、航空会社の路線再編、便数の減少など、構造的な問題があるはずです。

一県一空港の時代から、いまは「どう生かすか」の時代です。富山は北陸の玄関口として重要な地域であり、東京圏からのアクセスを考えても空港の存在意義は十分あります。だからこそ必要なのは、利用者が求める路線網の充実や、航空会社が参入しやすい規制緩和ではないでしょうか。

名前は入口にすぎません。どれほど立派な看板を掲げても、中身が伴わなければ人は集まりません。

「名は体を現す」と申します。

であるならば、空港もまた、その名にふさわしい実力を備えることが何より大切です。
それにしても、「すし空港」と聞くと、どうにも違和感が拭えません。私はやはり、「富山きときと空港」の方が、富山らしく、温もりがあって好きです。

多分ですが、龍馬も、コナンも、そして富山の豊かな海も、「看板より中身だ」と静かに語っているような気がしてなりません。Goto

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