働くことは悪なのか?

裁量労働制に反対の朝日新聞に問う。

高市首相が見直しを指示した「裁量労働制」を巡り、朝日新聞は「耕論」で反対論を展開した。長時間労働を助長し、働き方改革に逆行するという主張である。

私は、その論調に大きな違和感を覚える。
まず問いたい。長時間働くことは、それだけで悪なのか。

もちろん、過重労働や健康を害する働き方は許されない。違法な長時間労働があれば、労働基準監督署が是正し、法が労働者を守る。それは当然である。

しかし、それと、自らの意思で挑戦し、成果を求めて懸命に働くこととは、全く別の話ではないか。

裁量労働制とは、本来、時間ではなく成果を評価する制度である。創造性や専門性の高い仕事は、机に何時間座っていたかでは測れない。短時間で大きな成果を出す人もいれば、時間をかけて価値を生み出す人もいる。だからこそ、「成果」で評価する仕組みが必要なのである。

朝日新聞の論調には、「働くこと」そのものに否定的な空気を感じる。

しかし、日本の現実を見てほしい。
日本企業の九割以上は中小・零細企業である。地方の商店も、工場も、建設業も、介護も、運送も、誰かが汗を流して働くことで地域社会を支えている。そこには裁量労働制以前に、「働かなければ会社が成り立たない」という現実がある。

人間学は、「働くこと」を生活の糧を得る手段だけとは考えない。働くことは、人を鍛え、人格を磨き、責任感を育て、社会に貢献する行為である。仕事を通じて人は成長し、人の役に立つ喜びを知る。働くことは、人間としての尊厳そのものでもある。

だから私は、「働くことは悪」という風潮には与しない。本当に議論すべきは、裁量労働制の是非だけではない。物価高に苦しむ国民の生活を守るため、最低賃金を全国で一五〇〇円以上へ引き上げ、生産性を高め、それに見合う賃金を実現することである。その議論を置き去りにし、「長く働くことは悪だ」と結論づけるのは、本質を見誤っている。

戦後、日本は焼け野原から世界第二の経済大国へと成長した。それは、日本人が知恵を出し、汗を流し、懸命に働いてきたからである。勤勉さは日本の誇るべき文化であり、国力の源泉だった。

もちろん、働き方は時代に応じて変わらなければならない。しかし、「働くことの尊さ」まで否定してはならない。

国家は、働く人々によって支えられる。働くことを誇りとする社会こそ、人も企業も国も豊かになる。私は、その原点を忘れた議論には、強い危機感を抱く。Goto

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