人前で話すってこと。

自分の考えや、意見、主張をしっかり持つことが大切ですね。
人前で話をするの難しい。ましてや自分の考えや意見を多くの人に理解しもらうとなると容易ではない。それなりの訓練や経験を積まないとなかなか上手く話せない。私なんぞ齢65歳になるというのに、赤面症で、人前に立っただけで、上がってしまって、思いの半分も伝えることができない。
威風堂々。己の論を滔々と語り大向こう唸らすような大演説のできる人には、感嘆と敬意を覚えると同時に尊敬してしまう。朝日新聞に名古屋の高校の「弁論部」の記事が掲載されていた。
岐阜の高校には弁論部があったかどうか?定かでなないが。創設が1947年っていうから、66年の歴史がある。凄いね。
高校生の時から、こんな部活で「自分の日常体験からテーマを見つけ、思いや考え方を論理的にまとめて、聴衆に伝わるように訴える」訓練を繰り返すのだから。彼らは人前で話すことが苦痛よりも、快感なんだろう、何事も若いうちに努力や経験を積んでおかないと、大人になって苦労するのだと、改めて思う。
因みに、この「弁論部」・・言葉をはっきり発音する必要から「滑舌」の訓練として「長音発生」「早口言葉」を繰り返すそう。そうですよね。小さな声でボソボソと話しても相手に伝わりませんからね。年に数回ある・・・・
全国弁論大会では、論旨、声量、態度、聴衆の反応が審査され・・・点数を競うそうですが、最も配点がおおきいのは論旨。テーマに対してどれだけ矛盾なく、起承転結をはっきりさせて論を説くかが鍵を握るそうです。話し方の技法よりも中身ってことでしょう。
であれば。人前で上がってしまって、上手く話せないのは。それは経験不足や技法の問題ではなく、論旨があやふやだからと言えなくもありませんね。本気で伝えたいこと、伝えねばならないことがあれば、そのことを自分の言葉で語れば伝わるものですから。
ということは。なぜ、人前で上がるのか。思いの丈の半分も話せないのかといえば、伝えねばならないことが本物でも、本気でないからなんでしょう。どうしても伝えたい論旨があってこその技法の修得だと思えば、齢65歳でも、弁論部で修行しなくても、人前で威風堂々話ができるってことになりますね。Goto

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