飯館村に住み復興アドバイザーに

原発を推進と反対で括っては何の解決もしないのでは。
3・11、東日本大震災はまだ終わっていません。もちろん復興も。
「あれから9年」、風化させてはいけない。亡くなった方々を悼むのではありません。
毎日新聞夕刊の特集「ワイド」を読んで改めてそう思っています。
田中俊一さんってご存知ですよねぇ。
そうです。東京電力福島第1原発が津波によって破壊された折、
時の民主党政権から原子力規制委員会の初代委員長となった方です。
特集は「あれから9年」「氏」は今、何を思い何をしているのかを丹念に追った記事です。
さすが、毎日新聞の辣腕記者、実に丁寧な取材で「氏」の考えをまとめています。
「氏」は17年9月、規制委員長退任後、「復興アドバイザー」として
福島の飯館村に1人で暮らし、国と村の橋渡し役を無償で行っています。
「事故後、原子力ムラにいた自分が何ができるかを考え、
11年5月に放射量が非常に高い飯館村長泥地区で除染作業を行った。
この地区は今も帰還困難区域のまま。事故に向き合う私の原点がこの村にある」と
17年春に長泥地区を除いた飯館村の避難指示が解除されると同時に移り住んだと。
凄い人ですねぇ。
復興の進捗状況を「氏」は「もともと暮らしていた人たちが戻ってこない」、
「震災前約6200人だったのが現在約1400人」で人の住める環境にはなっていないと言う。
産業の基本である農業、放射性セシウムの基準値を食品規格の10倍厳しくしている現状で
「風評被害」を固定化させている。現実を無視した前提で決められた基準では
福島の農水産の復興はあり得ない、と食品の安心・安全観に苦言を呈す。
「氏」は汚染土の問題にも言及する。行き場のない汚染土。
「セシウム」は土の中では動かぬ性質を持っている。
盛り土をして作物の栽培を行う実験をやるべきだと。
「氏」は初代委員長に任命され退任するまでの5年間、
原発反対派からは「再稼動に道を開いた」と批判され。
推進派からは「脱原発を進める裏切り者」と呼ばれた。
今、原発の再稼働についてどう思うかとの質問に
「国は原発の依存度を下げようとしている。優秀な人材が集まらない。
原発は今のままではいずれ消滅すると思います」と。
私は思うのです。
「推進か、反対か」の二者択一で原発を考えるときではない。
「氏」のような稀有な人材の声に耳を傾け、この難題に対処すべきではないか。
福島はまだ復興途上であり、この国のエネルギー対策も中途半端なままです。Goto

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