多様性のある社会も自分たちの手で勝ち取るものです。
今、この国では18歳から選挙権が認められています。
選挙は民主主義の根幹です。行使するかどうかは自由ですが、
国民が政治に責任を持つ権利を有することです。
大阪府立高校の女子生徒が「茶髪を黒く染めるよう繰り返し指導され、精神的な
苦痛を受けたとして大阪府に慰謝料を求めた」訴訟を起こしました。
いやゆる「ブラック校則」裁判です。
高校には校則があります。入学しますと全生徒が指導として学びます。
私の知る範囲では、厳格に校則が守られているような高校はありません。
大半が過度に規律を破る生徒に対しての安全弁の役割を果たしているに過ぎません。
この裁判。判決は「生徒は2015年入学。同校には「染色・脱色」を禁止する
校則があり、教諭らは生徒に黒く染めるよう何度も指導。「黒染めが不十分」として
授業への出席や修学旅行への参加を認めないこともあり、生徒は不登校となった」
「校則は、華美な頭髪を制限することで学習や運動に注力させる目的などから
合理的と判断する。茶髪に対する社会一般の認識に変化が見られるとしても、
校則の合理性に影響しない」と違法性は否定。判決は校則の規定を認めました。
しかし、学校は生徒への対応に行き過ぎがあったと、大阪府側に33万円の賠償を命じました。
原告の言い分は、生まれつきの髪が茶色だったのを黒く染めろと、
指導されたことに対する訴えなのに、判決は中途半端な玉虫色で決着です。
この裁判、海外メディアが注目、「学校の過剰な注文」として
髪型などを厳格に定める「ブラック校則」に話が飛び火しました。
ブラック校則とは生徒の外見や行動などを過度に縛る校則をいいます。
規律を求める教育現場では校則を重んじる風潮があります。
多様性が尊重される社会では、校則のあり方も問われるようになっています。
私は思うのです。最近、何事にも多様性が叫ばれます。
学校の校則は学校の考え方です。どのような内容の校則にするかは
学校の自由ではないでしょうか。そこに社会の多様性を持ち込むことの方が過剰です。
18歳は選挙権があります。
高校3年生です。自分の学校の校則の意味を理解できれば従い、
ブラック校則だと思えば自分たちの力で、改正すればよいと思います。
それが民主主義です。そんな、18歳になってくれることが、
この国が良くなることではないでしょうか。Goto
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