子どもの未来を守るのは大人の役割だ。
夏休みに入りました。毎年、この時期になると胸が痛むのが、子どもの水難事故です。
暑い日が続けば、川や海で遊びたくなる。プールで泳ぎたくなる。それが子どもです。事故が起きるからといって、「あれも駄目」「これも駄目」と、大人が過剰に規制してしまえば、子どもは自然の中で学ぶ機会まで失ってしまいます。
多少の危険はあっても、遊びを通して危険を知り、命の尊さを学ぶこともまた成長です。
しかし、一方で、私は厳しく規制すべきものがあると思っています。それが子どものSNS利用です。
EU(欧州連合)は27加盟国全体で、子どものSNS利用に年齢制限を設ける方針を打ち出しました。教育目的などを除き、13歳未満のアクセスを制限する方向です。背景には、SNSが持つ強い依存性や、子どもの心身の発達への悪影響があります。
欧州では、若者が一日に4〜6時間もスマートフォンの画面を見続け、約6割がオンライン上で何らかの心理的問題を抱えているとされます。睡眠不足、うつ、不安、ネットいじめ、有害情報への接触。未成熟な脳に与える影響は決して軽くありません。
オーストラリアでは2025年、16歳未満のSNS利用を制限する法律が成立し、インドネシアなどでも規制の動きが広がっています。
翻って日本はどうでしょう。
一律の年齢制限はなく、政治の議論も盛り上がらない。文部科学省も「専門家で議論する」と慎重姿勢を崩しません。しかし、子どもの心が傷つくスピードは、役所の議論よりはるかに速いのです。
人間学の視点から言えば、人は幼い頃に何に触れ、何を見て、誰と語り合うかで人格の土台が築かれます。
便利だから与える。皆が使っているから持たせる。その程度の理由で、子どもの人生を巨大なアルゴリズムに委ねてよいのでしょうか。
人は機械によって育つのではありません。人は人によって育ちます。親の温もり、友との会話、先生の叱咤、自然との触れ合い、読書や遊び。その積み重ねが、人間としての判断力や思いやりを育てます。SNSは、それらを補う道具であって、決して人格形成の主役ではありません。
自由には責任が伴います。しかし、子どもはまだ、その責任を十分に負える年齢ではありません。だからこそ、大人が一定の歯止めを設ける義務があります。
子どもの自由を奪うための規制ではない。
子どもの未来を守るための規制です。
日本も「自己責任」の一言で済ませる時代は終わりました。次代を担う子どもたちの健全な成長のため、国は勇気を持ってSNS利用の年齢制限に踏み出すべき時です。
未来への最大の投資とは、子どもの脳と心を守ることではないでしょうか。Goto


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