― 国立博物館、美術館をめぐる議論に思う
9日付の朝日新聞朝刊一面に「稼ぐ国立博物館に」という記事が掲載された。
財務省の意向として、国立博物館や美術館に対し、展示費用に対する入場料などの自己収入割合が四年後の時点で四割未満の場合、「再編」の対象にする可能性があるという内容だ。
記事はこれを文化軽視だと批判し、同日の「天声人語」では作家であり官僚でもあった 森鴎外 を引き、帝室博物館総長として展示だけでなく研究や保存にも目を配った人物として称えた。そして「コスパ」だの「稼ぐ博物館」だのと、文化を金銭の物差しで測るなと憤る。いかにも朝日らしい論調である。
確かに、博物館や美術館の存在意義は収益ではない。文化財の保存、学術研究、そして国民への公開。これは国家が担うべき文化の基盤である。財務諸表だけでは測れない価値があることは、誰も否定しない。文化は国家の精神の蓄積であり、先人の知恵と志を未来へ手渡す「文明の蔵」だからだ。
しかし、だからといってすべてを国の財政に委ねてよいのか。私はそうは思わない。財政を預かる財務省の役割は、国家の財布を守ることである。時に嫌われ役を引き受けるのも仕事だ。どんな機関であれ、理屈があれ、「国の金だから当然だ」という意識に安住すれば、組織はぬるま湯に浸かる。
民間企業であれば、過去の成功に寄りかかり新しい投資を怠れば、早晩立ち行かなくなる。だから稼ぎ、そこから未来への投資をする。
博物館も同じではないか。
文化を守るためには、守るための資金を自ら生み出す努力が必要だ。入館料の工夫、特別展の企画、国際交流、寄付文化の開拓。知恵はいくらでもある。世界の著名な美術館の多くが、研究と保存を守るために運営の知恵を絞っているのが現実だ。
片方だけは「文化の使命だから」と守り、もう片方は「財政が面倒を見ろ」
それでは持続可能な文化継承にはならない。
朝日新聞は「国立なのだから十分な予算をつけよ」と言う。しかしそれは、あまりにも格好のよい理想論ではないか。もし本気で文化を守りたいなら、別の提案もあるはずだ。例えば指定管理制度を活用し、条件を付けて民間の知恵を導入する。研究・保存の軸は国が守りつつ、展示やイベント運営に民間の創意を生かす。そうした現実的な議論こそ必要ではないか。
私は何でも民営化が良いと言っているのではない。国立博物館や美術館の職員が、文化を守る使命と同時に、運営の知恵を磨くべきだと言っているのである。
文化は、守ると言うだけでは守れない。
守り続けるための覚悟と工夫が必要なのだ。
国立博物館や美術館は、日本の精神の宝庫である。だからこそ、その宝庫を未来へ引き継ぐために、文化の理想と経営の現実の両方を直視する議論が必要だ。感情的なレッテル貼りではなく、知恵を出す時である。文化を守るとは、未来に責任を持つことなのである。ちょっと格好良すぎるかな。Goto


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