酷暑日ですって。

無意識に突いて出る言葉って何かを失います。

4月も下旬。街路樹の緑が濃さを増し、季節は確実に夏へと歩を進めています。近年は、この時期でも25度を超える日が珍しくなくなりました。

気象庁は気温に応じて日々に名前を与えています。
最高気温25度以上は「夏日」。
30度以上は「真夏日」。
35度以上は「猛暑日」。
そして先般、40度以上の日を「酷暑日」と位置づけ、予報用語として使用すると発表しました。温暖化の進み。言葉は時代を映す鏡とは申せ、なかなかに強烈な響きです。

私は一昨年より哲学者 森信三 師の教えに触れ、「言葉が人を作る」という当たり前にして奥深い真理を改めて胸に刻みました。

以来、季節は味わうものとしながらも、「暑い」「寒い」といった言葉を極力口にしないと決めました。言葉に引きずられ、心まで鈍るのは避けたいからです。

しかし、現実は容赦がありません。4月にして夏日が続く日常。やがて酷暑日が当たり前のように報じられる時季になれば、人は言葉に気力を削がれてしまうのではないか。そんな一抹の不安も覚えます。

けれども、言葉は選べる。これは救いです。私は「暑い」と「寒い」を封じたように、もう一つ、自らの辞書から消した言葉があります。それは「痛い」です。

年齢を重ねれば、身体に不具合が出るのは自然の摂理。私も例外ではなく、日々どこかしらが軋みます。かつては何気なく「痛い」と口にしていました。しかし、ある時気づいたのです。その言葉が、知らず知らず自分を弱くしていることに。

ならば、どうするか。「痛い」を「ありがとう」に変えてみました。長年働き続けてくれた身体への感謝。そう声に出すと、不思議なことに、痛みが和らぐ気がするのです。気のせいかもしれません。しかし、心の持ちようで世界の見え方が変わるのは確かです。

言葉は力です。人を萎えさせもすれば、奮い立たせもする。酷暑の時代にあっても、言葉に負けぬ心を持ちたい。ぼんやりと流されるのではなく、凛とした自分であり続けたい。

そんな思いで、今日もまた一日を始めます。Goto

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