夜景

東北の雄、仙台の美しさ、ご馳走様でした。
世界中には、多くの夜景の名所がある。高いところから下界を見下ろせば、大概は綺麗に見えるのだから、山でもビルでも、見通しの良い場所に登れば、景色はいいものだが・・・・。
我が街岐阜市も、濃尾平野の最北端に位置する金華山、岐阜城に登れば、名古屋市まで一望できて、とても雄大な気分になるが、夜景となると、山に登るのが大変。
金華山は夜景を見る為に、ドライブウェイコースを昭和40年代に整備した。考えてみると、まだ、世の中は、車社会になる前に夜景を見る道路を作ったのだから、先人の発想は素晴らしい。
夜景がなぜ、綺麗なのか?それは、昔で言えば民のかまどから立ち上る幾条もの煙と同じように、民が灯す家々の明かりが、美しさを醸し出すのだ。街に元気がないと、山頂に登っても、ビルの最上階に上がっても、夜景に感動を覚えない。
ずいぶん、ご無沙汰だが、たとえ、この時期に金華山のドライブウェイに車を運んでも、今の岐阜市の衰退ぶりでは、夜景にも力がないだろう。と思うのだが。
先日、杜の都仙台を久しぶりに訪れた。街に活気が溢れているとは感じられないが、日曜のせいもあるのだろう。中心部は、若い人で溢れ、市街地には、東京資本だそうだが、高層ビルの建設が目に付いた。
仙台で一番高いビルの最上階で食事をご馳走になった。さすがに仙台。海の幸が新鮮で、ほっぺが落ちるほどに、美味しいものを頂いたが、仙台が一望できる夜景の美しさも、とても美味しかった。
野球場、サッカー場の照明も街の賑わいに彩を添える。それに、何よりもびっくりしたのは、テレビ塔。それも東京タワーのような、塔が、三本も立っている。どの塔にも、カラフルなネオンが光っている。
「あの塔は?」「あれは、仙台の各放送局のテレビ塔だよ」「へぇ?。凄いね?。夜景を見るには綺麗だが、一つで、間に合うんじゃないの?」と余計なお世話を。「無理だね。お互いしのぎを削ってるから。」と。
国力の源泉は地域力。地域の活力は、競い合いにあり、その象徴がエネルギーの消費だと、するならば、夜景の美しさは、まさしく人間の息遣い、民の力といえる。
ちょっぴり、理屈っぽいが。仙台の灯りが消えるようなら、東北全体が暗くなる。地球環境を守る為には、省エネは欠くことのできない対策なんだろうが。環境問題と、夜景の美しさとの因果関係をどう理解したらよいのか?
仙台の情報を競う三本のテレビ塔を眺めながら、虫だけではない、人間をはじめ、全ての生き物は、明るいところに集まるものだ。だとすると、まず、明るく振舞うことが、元気の元だと思う。
                                                  
それにしても、仙台の街。料理の美味しさ。街路樹の美しさ。夜景の美しさ、ご馳走様でした。
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