言論の府を穢す

そもそもヤジに良し悪しなどない。無視に限ると思うのですが。
恥とは「心に耳を当てて聞いて見ること」だそうですが。都議会での女性蔑視のヤジに「恥ずかしく」ないのかと、新聞の顔である一面のコラムで、読売の編集手帳と毎日の余禄が「恥」の視点で同じ指摘をしている。珍しい・・・
余禄と編集手帳では「戦後、自由民主党誕生させた保守合同の立役者三木武吉は戦前の議会で「ヤジ将軍」として名を馳せ、議場を笑いのるつぼと化したり、気迫溢れる傑出したヤジで議場をリードしたりするヤジは「議会の華」で良いヤジで・・
都議会の女性議員への出産支援策を巡っての質問中の「自分が早く結婚すれば良い」とか「自分が産めよ」といった女性蔑視のヤジは品性がなく「言論の府を穢す」悪いヤジだと決めつけて批判している。
そもそも、ヤジに良いも悪いもない。議場では発言者の話に真摯に耳を傾けるべきであり、反論があれば、発言の機会を得れば良い。議員の品性などを問う必要などない。議員の質は有権者の質に他ならない。選んだ都民に問題があるのではと言わねばなるまい。
天下の大新聞がその顔である一面のコラムで、目くじら立てて、書き立てるほどのことかと思う。無視することこそ、最大の批判ではないだろうか。両紙面とも、6年後に世界各国から、客人を招く首都の議会かと思うと、情けなく恥ずかしいと・・・五輪に引っ掛けているのも同じ。
毎日に至っては社会面5段抜きで、「名乗らぬ議員は誰だ」と犯罪者扱いで犯人探しの様相である。大新聞が熱くならなくても、週刊誌が犯人を探し出し、吊し上げるだろう。ネットで犯人は明らかになるだろう。しかし、もう一方では、女性議員ついてもありもしないことが書き立てられるであろう。
そのお先棒を大新聞の一面コラムが担ぐことになることの方が・・・恥ずかしいと思うのだがが。こんなヤジなど捨て置けと思う私の感覚が間違っているのだろうか。Goto

コメント

  1. Goto より:

    そんなこともありましたねぇ。
    侮辱された女性議員の前で頭を下げた写真が、6/25朝刊各紙に掲載されました。謝罪せよの次は、議員辞職せよ。です。女性蔑視を正すのは当然ですが。どこまでエスカレートするんでしょうか。社会的に葬ろうとしているかのようです。Goto

  2. レモンハート より:

    こんにちは。
    ヤジといえば、
    松波議員が民主党議員にコップの水をひっかけた事件を思いだしました。「おまえ党首とできてんだろう!何発やったんだ!」あれも、ひどいヤジでしたね。
    この時は、松波議員をマスコミは攻め立て、ヤジをした民主党議員はおとがめなし。今も昔も、マスコミが政権批判の材料として使っているようにみえます。
    嫌なら、次の選挙で落とせばいいだけです。
    僕の感覚も間違ってるかもしれませんが。