老いてこそ人生

能狂言「庵梅」・・・心の命ずるままに生き、されど矩を踰えず・・・
歳を重ねると言うことは実に楽しい。
私は1948年の12月生まれですから、今年69歳になります。
と言うことは・・・来年、古希になります。
70歳?自分では、あの誰もが認める老人の域に私が達するなんて。
とても信じられないのですが。現実です。
であれば老いを楽しむ、そんな生き方ができればと・・・
「心の命ずるまま、思いのままに生き、矩を踰えず」・・孔子曰くの七十です。
能の話です。登場人物がすべて女性で・・・梅見も兼ねて老尼の庵を弟子達が
大勢尋ねる。喜んだ老尼は皆招き入れ・・・宴を。
老尼が和歌を所望し、女達が短冊にしたためた歌を詠む。
そして、短冊を梅枝に結び付けていく。酒宴は女たちが謡い舞う・・
老尼も望まれひとさし舞う・・やがて名残を惜しみながら女たちは去り・・
老尼はひとり残る。「庵梅」です。(讀賣・伝統芸から)
見送る老尼の寂しげな表現。来年も春が来れば彼女たちは訪ねてくれるであろう
そんな明日への希望が表現に滲むのだが、・・ひとり取り残された・・
その老尼のしみじみとした味わいが、この能狂言の真髄です。
老尼を演じられるのは「老いてこそ」です。若い人では演じられない。
90歳を過ぎて舞続けた京舞井上流4世家元は「動かず舞える人」と言われた。
究極的には1歩前に出るだけで、5歩7歩も行くのと同じものが表現されたと。
能狂言では老いは何もできないこと、と言った否定的な捉え方をしないで、
むしろ長寿を寿ぐ意味をなす。伝統芸の奥深さです。
孔子の言う「矩を踰えず」とは、1歩で万感を示すこと、
敢えて申せば「老いてこそ人生」と言えないでしょうか。
68歳はまだまだ小僧・・・古希が待ち遠しい。Goto

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