「4年という重みの前で」
冬季五輪が終わった。数々の感動を与えてくれた。
とりわけ、日本選手の活躍には国中が湧いた。
五輪を目指して4年間・血みどろの努力を重ねた結果である。
改めて、彼らに敬意を表し感謝する。
その華やかな五輪の裏で、2月24日。ロシアがウクライナに軍を送り込んで4年になる。前日の各紙は一斉に特集を組んだ。しかし、どうしても腑に落ちない。明らかな“侵略”を「侵攻」と表現する、メディアの、その言葉の緩さだ。
主権国家の領土に軍隊を入れ、都市を破壊し、人命を奪う。
これを侵略と言わずして何と言うのか。何を基準に侵略を侵攻というのか。
犠牲は凄まじい。ウクライナ兵は10万人以上、民間人は1万4千人超が命を落としたとされる。国外へ逃れた人は約590万人、国内避難民も370万人に及ぶ。ロシア軍のエネルギー施設攻撃で電気も暖房も止まり、キーウでは氷点下のなか凍死者まで出る。ロシアはウクライナを強奪しようとしているのだ。
一方でロシア軍の死者も30万人を超えるという。
これも実に悲惨な話だ。彼らにも家族はいるのだ。
血で血を洗う消耗戦が続いている。
それでもウラジーミル・プーチンはやめない。国内支持率は8割超とも言われる。疑問だが。西側の支援は続くが、疲労の色は否めない。兵力も人口も経済力も、ロシアは圧倒的だ。現実は冷酷である。
ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は「独立と主権を損なう妥協はできない」と言う。正論だ。だが、国家の存亡を賭けた4年の重みは、理想だけでは支えきれぬ。
残念だが、ウクライナは限界に近づいているのではないか。和平の進展がなければ。白旗か、あるいはモスクワ攻撃という全面戦争か。そのどちらも地獄だ。
米国が本気で全面介入すれば、第三次世界大戦の引き金になりかねない。だからこそ踏み込めない。仮にドナルド・トランプ大統領が再び舵を握ったとしても、単純な解決など望むべくもない。力でねじ伏せるか、屈辱を呑むか。どちらも未来を暗くする。
戦争の愚かさを説くのは容易い。しかし、現実は理想を嘲笑う。侵略を止められない国際社会の無力。声を上げても止まらぬ戦火。悔しい。悲しい。耐えがたい屈辱だ。
それでも歴史は問うだろう。侵略を侵略と言い続けたか、と。力の前に沈黙しなかったか、と。4年。あまりに長い。だが、ここで言葉を濁せば、次の侵略を許す土壌になる。私はあえて言う。これは侵攻ではない。侵略である。そして、力が正義となる世界を、我々は本当に受け入れるのかと。Goto


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