村上春樹さんの短編集は「コンセプト・アルバム」だそうです。
最近、映画も観てないですねぇ・・・あんなに映画好きだったのに・・・
ところで、米アカデミー賞作品賞ノミネートされた「ドライブ・マイ・カー」(原作・
村上春樹・濱口竜介監督)が第94回アカデミー賞で国際長編映画賞に決定しました。
上映中ですが、ご覧になりましたか・・・私は観ていませんが・・・
時間はあるのですが、なかなか足が映画館に向きません。
理由はいくつかあるのですが、「ドライブ・・・」は、原作を読んだからです。
私は村上春樹さんの小説は大概読みました。読んで面白いと思ったものはありません。
「ドライブ・マイ・カー」は村上さんが2013年12月号に
「文藝春秋」に掲載した短編の一つです。
文春文庫から発売されているタイトル「女のいない男たち」に文藝春秋に掲載された
他の短編5編と一緒に収録されています。どれも目を通しましたが・・・
古希過ぎの私には、他の村上文学以上に理解ができませんでした。
読書家の友人によく言われるのです。オマエと「村上春樹」を議論すると、
いつもよくわからないというが、わからないならなぜ、読むのだ・・・と。
私はそのハルキストにいうのです。どこが面白くないのかを、小説ごとに
知りたいから、読むのだ、と。変な奴だといわれますが、そうなのですから仕方がない。
「女のいない男たち」・・・まえがきで著者はこう述べます。
この短編集で「ドライブ・マイ・カー」を書いてるあいだから「女のいない男たち」
このモティーフが頭から離れなかった。何かの曲のフレーズのように。
短編小説をまとめて書くときはいつもそうだが、僕にとってもっとも
大きな喜びは、手法、いろんな文体、いろんなシチュエーションを短期間に
試していけることにある。ひとつのモティーフを様々な角度から立体的に眺め、
追求し検証し、いろんな人物を、いろんな人称をつかって書くことができる。
その意味では、この本は音楽でいえば「コンセプト・アルバム」に対応するものに
なるかも知れない・・・これらの作品を書いてる間、僕はビートルズの「サージェント・
ペパーズ」やピーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」のことを緩く念頭に置いていた・・
敢えてこの短編集に限っていえば、私が村上文学が理解できないのは、
私に音楽が全くわからない。形成されているこの姿のどこにも音楽がでてこない。
それが、村上作品を面白くないと思うのかも知れない。
「ドライブ・マイ・カー」・・・多くの映画評論家が、絶賛するのは、
音楽が理解できる人たちだからなのだろうか。
脇役の舞台俳優が亡くなった女優の妻の浮気話のどこに面白みがあるのか・・
原作の中には音楽が流れる場面はないのだが・・・
私は村上作品、よくわからないから、読み続けたい。
でも映画を観る気にはなれませんが・・・
でも、アカデミー賞に敬意表して、足を向けてみますかねぇ。Goto
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