iPS細胞製品承認

iPS細胞の二十年の歩みを止めるな

2006年、山中伸弥教授がマウスでiPS細胞の作成に成功。
翌07年にはヒトiPS細胞を樹立したという報せが世界を駆け巡った。
山中教授にはノーベル賞が。夢の再生医療だ。

さらに14年、理化学研究所がiPS細胞から作製した網膜細胞を患者に移植。
日本中が湧き立ち、難病に苦しむ人々に光が差した瞬間であった。

日本政府も本腰を入れ、10年間で1100億円を投じた。iPS研究は日本が世界を牽引する分野となった。あの頃の高揚感を、私は忘れない。「再生医療立国・日本」という言葉に、誇りと責任を感じたものだ。

しかし現実は甘くない。新薬開発には莫大な研究費と長い年月、そして世界的競争が伴う。長期金利の上昇や市場環境の変化により、製薬企業は投資リスクに慎重にならざるを得ない。象徴的だったのが、武田薬品工業が京都大学iPS細胞研究所との共同研究を終了したことだ。期待に胸を膨らませていた多くの人々に、失望が走った。

欧米ではこの十年、創薬手法は大きく広がった。遺伝子治療、細胞治療、分子標的薬。iPS細胞は難病治療への応用へと軸足を移し、巨額の投資を要する一般的な創薬分野では優先順位が下がった。企業としては合理的判断であろう。だが、合理だけで未来は拓けるのか。

落胆していた矢先、大阪発のベンチャー企業が重症心不全治療薬を、そして住友ファーマがパーキンソン病治療薬をiPS細胞由来製品として開発し、厚労省が製造販売を承認するとの報が届いた。パッと花が咲いたようだ。

慎重居士と揶揄されがちな行政(厚労省)が英断を下した意義は大きい。
重い病に苦しむ患者と家族にとって、これ以上の福音があろうか。

二十年近い歩みの中で、iPS細胞研究は決して一直線ではなかった。期待と失望、資金の波、競争の壁。だが科学とは本来、紆余曲折の道を行くものだ。大切なのは、歩みを止めぬこと。

日本が世界に誇れる分野を、自らの手で萎ませてはならない。研究者の情熱、企業の挑戦、政府の後押し。その三位一体があってこそ、再生医療は花開く。高市政権が重点政策に掲げるのであれば、ぜひ腰を据え、長期的視野で支えてほしい。

難病に苦しむ人々にとって、時間は命そのものだ。今日一日の研究の前進が、明日の希望につながる。iPS細胞は単なる技術ではない。人間の尊厳を守るための挑戦である。

二十年の歩みを、ここで止めてはならぬ。
日本発の光を、再び世界の空に高く掲げようではないか。Goto

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