喜寿の死生観

散る桜 残る桜も散る桜

高校時代からの親友が逝った。
淋しい。実に淋しい。だが、不思議と悲しくはない。
人は死ぬ。いつ死ぬかは誰にもわからない。だが必ず死ぬ。
この当たり前の真理が、喜寿ともなれば、身に沁みて分かるようになる。

彼とは高校で机を並べた。青春を共にした仲間である。
卒業後、私は上京し学生運動にのめり込んだ。彼は一年遅れて上京し、土木科へ進んだ。家業を継ぐ覚悟があったからだ。当時としては珍しく、自家用車で大学へ通っていた。私は学生運動の海で泳ぎ、彼は水泳に打ち込んだ。同じ青春でも泳ぐ水は違ったが、互いに若さの情熱を燃やしていた。

卒業後、彼は岐阜に戻り父君の経営する土木業に身を投じた。
日本列島改造の時代である。高度経済成長の波に乗り、重機を増やし、現場から現場へと走り回った。がむしゃらに働いた。まさに時代の先頭を駆けた男だった。

だが人生は、常に順風満帆とはいかない。
幾つかの不幸と不運が重なり、三人の子どもが巣立った頃、彼は家業を閉じ、突然姿を消した。旧友たちと身を案じた。

数年後、風の噂が届いた。
高知で漁師になっているという。
泳ぎが得意で、海が好きな男だった。
なるほど、彼らしい人生の選択だと妙に納得した。

やがて静岡県磐田で漁業権を得て船を買い、奥さんと二人で海に出ていると聞いた。「遊びに来い」と。旧友を誘って訪ねた。釣りたての魚を肴に、昔話に花が咲いた。真っ黒に日焼けした顔で笑う彼は、若い頃と少しも変わっていなかった。

老後は次男が跡を継ぎ、彼は彼なりの人生観を持って漁師生活を楽しんでいた。
しかし五年前、脳梗塞に倒れた。それでも気丈にリハビリを重ね、再び船に乗れるまで回復した。まさに彼らしい生命力だった。

だが昨年、再び倒れた。
「もう会えぬかもしれない」そう思い、急ぎ見舞った。
車椅子の彼は言葉を発せず、ただ静かに頷くだけだった。

私は青春の思い出を語り続けた。彼は黙って聞いていた。
あの真っ黒な笑顔は、もう見られない。

「散る桜、残る桜も散る桜」

良寛の句が胸に浮かぶ。
先に散る桜もあれば、後に散る桜もある。だが残る桜も、いずれ必ず散る。

人は死ぬ。必ず死ぬ。

彼は数奇な運命を辿ったが、最愛の奥さんと立派に育った子ども、そして孫たちに見守られて逝った。幸せな人生であったと思う。

おまえが少し早いだけだ。
待ってろよ。

喜寿ともなれば、別れは日常になる。
友が一人、また一人と旅立ってゆく。

人生とは、生まれてから死ぬまでの時間である。
ならば私に残された時間は、どれほどあるのか。誰にも分からない。
だからこそ思う。残された時間をどう生きるか。そこに人生の意味がある。

耆脩足らん。
老いてなお修めることに終わりはない。

人間学とは、死を見据えて生を学ぶ学問である。
死を覚悟する者だけが、今日という一日を真剣に生きることができる。

友よ。
君の人生は、私にそれを教えてくれた。
残された私は、もう少しこの世で修養を続ける。
再び会うその日まで、精一杯生きてみる。
合掌。Goto

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