三杯のお茶

たかが一杯のお茶、されど一杯のお茶

♪夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る――。

唱歌「茶摘み」を耳にすると、日本人の心はどこか和みます。八十八夜とは立春から数えて八十八日目。古来、この日に摘まれる新茶を飲めば無病息災、長寿に繋がるとされてきた。米も茶も、日本人にとっては単なる食物ではない。自然への感謝であり、四季を味わう文化そのものなのだろう。

静岡の友人が、今年も新茶を届けてくれた。封を切った瞬間、青葉の香りがふわりと立ち上がる。まるで初夏の山里をそのまま閉じ込めたような香気である。お茶は不思議な飲み物だ。珈琲のように自己主張せず、酒のように人を酔わせもしない。ただ静かに、人の心を整えてくれる。

お茶と言えば、今、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟』でも話題になっている、豊臣秀吉と石田三成の出会いを思い出す。近江の寺で、秀吉が喉の渇きを覚えた折、寺小姓だった佐吉、後の石田三成が茶を差し出した。最初はぬるめの大きな茶碗でたっぷりと。二杯目は少し熱く量を減らし、最後は熱い茶を小さな茶碗で差し出したという。「三杯の茶」の逸話である。相手の状況や心情を察し、最も喜ばれる形でもてなす。これぞ日本人のおもてなしの原点ではないか。秀吉が三成を見出したのも、才覚より先に、人を見る心を感じたからだろう。

そのお茶が、いま世界的ブームである。健康志向を背景に、緑茶や抹茶の人気は欧米やアジアで急拡大。特に抹茶は「MATCHA」として世界語になりつつある。輸出額は右肩上がりで、日本茶はもはや国内消費だけの商品ではなくなった。

その象徴が宇治である。京都・宇治市のJA全農京都宇治茶流通センターでは、宇治抹茶の原料となる「てん茶」の初市が行われた。てん茶とは、覆いをかけて日光を遮り育てた茶葉を蒸し、揉まずに乾燥させたもの。これを石臼で挽いて抹茶となる。つまり、抹茶文化を支える原石である。

ところが今、このてん茶が世界的争奪戦になっている。全国茶生産団体連合会によれば、全国のてん茶生産量は5336トン。そのうち京都産は1068トンに過ぎない。主産地の鹿児島と比べても生産量は限られ、一昨年秋頃から宇治抹茶は取り合い状態。25年度の京都茶市場でのてん茶平均価格は前年の2.6倍に高騰した。しかも、てん茶は通常、初市以降さらに値が上がる。今年は初日で既に前年平均を超えたというから驚く。関係者は「想像を超える値が付く可能性もある」と悲鳴を上げる。

さてさて。お茶好きの私。友人から届いた新茶を丁寧に淹れ、縁側で満開のさつきを愛でながら啜る。この静かな至福。実に日本人的な風情ではないかと思う。

だが、その一服の茶にも、時代の荒波が押し寄せている。需要と供給。輸出拡大。価格高騰。日本が誇る文化が世界に認められるのは喜ばしい。しかし一方で、日本人が気軽に味わえなくなる日が来るのかと思うと、何とも複雑である。

たかが一杯の茶。されど一杯の茶。
その湯気の向こうに、日本文化の豊かさと、どこか脆さを感じてしまうのである。Goto

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