指導者とは。

トランプ、習近平会談なんだったのか?

国家が平時にある時、政治家は耳障りの良い言葉を並べれば支持を得られる。しかし、危機の時代に問われるのは人気ではない。覚悟である。指導者とは、国民に嫌われることを恐れず、現実を直視し、痛みを伴う決断を示せる人間のことだ。

中東情勢の緊迫化により、世界は再びエネルギー危機の入り口に立たされている。ホルムズ海峡封鎖の長期化は、日本のような資源輸入国にとって死活問題だ。日本は原油の大半を中東に依存する。物流、農業、漁業、製造業、発電、あらゆる産業が石油なしでは成り立たぬ。

そんな中、インドのナレンドラ・モディ首相は国民に対し、極めて現実的なメッセージを発している。「ガソリンとディーゼルの使用量を減らさねばならない」在宅勤務の推進。オンライン会議への回帰。海外旅行の自粛。化学肥料依存から自然農法への転換。航空便の減便要請。さらにはUAEとのエネルギー協力強化まで、矢継ぎ早に対策を打ち出している。

耳に心地よい話ではない。しかし、危機とは本来そういうものだ。危機に直面した時、「今まで通り」は通用しない。生活を変え、価値観を変え、国家全体で耐え抜く覚悟が求められる。

一方、日本はどうか。
ガソリン価格高騰を抑えるため補助金を投入し続けている。もちろん、急激な物価高から国民生活を守る意味はある。しかし、それはあくまで延命措置に過ぎない。本質的な危機回避策ではない。総務省統計では、食料支出は増え、エンゲル係数は45年ぶりの高水準に達した。家計は既に悲鳴を上げている。それでも政府から聞こえるのは、「安心してください」という曖昧な言葉ばかりだ。

だが、安心できる材料などどこにあるのか。
トランプと習近平が会談しても、世界秩序が安定する保証はない。中東情勢も予断を許さぬ。ならば、日本も今すぐ節電、省エネ、物流効率化、食料自給率向上に本腰を入れねばならぬはずだ。

ところが、高市政権の支持率は高い。
私はそこに、日本社会の危うさを見る。国民が本当の危機を直視していない。いや、直視したくないのだろう。補助金で一時的に痛みを和らげても、現実そのものは消えない。むしろ準備を怠れば、後になって、より深刻な混乱となって襲いかかる。

指導者とは、国民に迎合する人ではない。
「厳しい時代が来る。しかし皆で耐え抜こう」と語れる人だ。
そして国民もまた、「誰かが何とかしてくれる」という平和ボケから目覚めねばならない。
このまま危機感なき政治と、危機感なき社会が続けば、日本社会は大混乱に陥る。私はそう憂えてならない。 Goto

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