河野洋平氏の逝去を悼む

ハト派とは何だったのか

1962年、世界は核戦争の瀬戸際に立たされた。いわゆるキューバ危機である。ソ連の指導者ニキータ・フルシチョフがキューバに核ミサイル基地を建設し、これに米国のジョン・F・ケネディ大統領が断固として対峙した。人類は滅亡寸前まで追い込まれたが、最後は双方が理性を失わず、戦争を回避した。

平和の象徴であるハト。その由来は旧約聖書にある。ノアの箱舟から放たれたハトがオリーブの枝をくわえて戻り、大洪水が終わり平和が戻ったことを知らせた。以来、ハトは平和の象徴となった。

政治の世界で「ハト派」「タカ派」という言葉が広まったのはベトナム戦争の頃である。軍事力による解決を重視する勢力がタカ派、対話や外交を重視する勢力がハト派と呼ばれた。

先日、89歳で逝去された河野洋平氏は、日本を代表するハト派政治家として知られた。日中国交正常化の流れを重視し、近隣諸国との友好関係を大切にした。慰安婦問題に関する河野談話や、戦後50年の村山談話にも深く関わった。戦争の記憶を風化させず、過剰なナショナリズムを戒める姿勢を貫いた政治家であった。

その功績を否定するつもりはない。
むしろ一つの信念を持ち、生涯を貫いたことには敬意を表したい。

しかし、私は一つの疑問を抱く。
河野氏の言うハト派とは何だったのだろうか。
かつて中国は発展途上国であり、日本は経済協力を通じて友好関係を築こうとした。

ところが現在、中国は軍事力を増強し、台湾海峡では緊張が高まり、東シナ海でも覇権的な行動を強めている。その一方で、日本に長年友情を示し続けてきた台湾がある。

今や中国との融和を主張する人がハト派と呼ばれ、台湾との連携を重視する人がタカ派と呼ばれる。しかし、本当にそうなのだろうか。

平和とは単に相手に譲歩することではない。自国を守る意思を持ちながら、対話の道を探ることではないのか。人間関係でも同じである。相手に迎合することと、相手を尊重することは違う。

人間学は、人間は変化する存在であると教える。昨日の友が今日の敵になることもあれば、昨日の敵が今日の友になることもある。国際政治の世界ではなおさらだ。

だからこそ、固定観念に縛られてはならない。中国だから善、台湾だから悪。あるいはその逆でもない。その時々の現実を直視し、国益と平和をどう両立させるかを考え続けることが必要なのである。

河野洋平氏の訃報に接し、私は一人の政治家の人生に思いを馳せた。
同時に、日本外交の歩みについて考え込んだ。
ハト派とは何か。
平和とは何か。
友好とは何か。
その問いを私たちに残して、河野洋平氏は旅立たれたように思う。
心からご冥福をお祈り申し上げたい。Goto

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