危機の時こそ政治の責任が問われる
中東情勢が一気に緊迫してきた。米国とイスラエルによるイラン攻撃をきっかけに、ホルムズ海峡の安全が揺らいでいる。日本は原油の約9割を中東に依存している国だ。この海峡の安全が保証されなければ、日本経済は根幹から揺らぐ。国家の危機と言っても過言ではない。
こうした状況のなか、高市首相が石油備蓄の放出を決断したことは、迅速な対応として評価したい。ガソリン価格が1リットル200円を超える水準に達する可能性があると判断し、備蓄を市場に放出することで全国平均170円程度に抑える。さらに軽油、重油、灯油にも措置を講じるという。
石油備蓄法では、原則として石油供給が途絶える恐れがある場合に限り放出が認められる。まさに今回の情勢はその典型だ。日本の石油備蓄は2025年12月時点で官民合わせて国内需要の254日分。しかし紛争が長期化すれば、この備蓄とて永遠ではない。基幹エネルギーを失えば、国家機能そのものが揺らぐ。
すでに日本各地のガソリンスタンドでは長蛇の列ができ始めている。街中では給油を急ぐ車が増え、渋滞も起きているという。国民の多くは「そこまでの事態にはならない」と高を括っているかもしれない。しかし、もし米軍が地上軍を投入し、イラン国内が内戦状態に陥れば、ホルムズ海峡の長期封鎖は現実味を帯びる。そうなれば、オイルショックの再来どころか、国家的パニックに陥りかねない。
この危機を前に、日本は二つの現実的対策を考えねばならない。
一つは中東以外の産油国からの輸入拡大である。候補としては、米国、カナダ、ブラジル、ノルウェー、さらにはガイアナなど新興産油国がある。とりわけ米国のシェールオイルは輸送距離こそ長いが、政治的安定という点では有力な選択肢だ。資源外交の再構築が急務である。
もう一つは、停止している原子力発電所の稼働問題である。ここで思い出すのが、昨日の朝日新聞社説だ。「あれから15年」として脱原発と再エネ拡大を力説し、2050年にはエネルギー需要の80%を再エネで賄うことは技術的に可能だと主張する。理念としては理解できる。
しかし、もし明日、日本の火力エネルギーが枯渇するかもしれないという緊急事態の前で、その議論はあまりにも現実離れしてはいないだろうか。
理想を語ることは大切だ。しかし国家の危機とは、理想論だけでは乗り切れない。現実のエネルギーが止まれば、工場も交通も医療も動かなくなる。そんな状況で、止めてある原発を動かさないという選択は、果たして責任ある判断と言えるのだろうか。
戦争とは何の意味があるのか。犠牲者を増やすだけの愚かな行為だと嘆いても、現実の国際政治は止まらない。だからこそ国家は最悪の事態を想定し、備えねばならない。
今回の石油備蓄放出は、その第一歩である。危機の時こそ政治は決断し、国民生活を守らねばならない。高市首相の迅速な対応は、その意味で政治が機能している証でもある。
困難な時こそ、政治の真価が問われる。日本は今、まさにその試練の只中にある。Goto


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