信じて咲くこと。信じて進むこと。
桜前線はゆるやかに北へと歩みを進めています。我がふるさとでは、ソメイヨシノはすでに散り、風に舞う花びらが春の名残を告げています。
しかし、枝垂れ桜や八重桜はこれから。春は一度きりではなく、幾重にも重なりながら深まっていくものだと教えてくれます。
桜を眺めると、古人の心にふと触れる思いがいたします。胸を打つ短歌を二つ。
――ひさかたの 光のどけき春の日に
しづ心なく 花の散るらむ
――花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
花は咲き、そして散る。その無常に、人は己の生を重ねる。
古より変わらぬ日本人の心の営みであります。
しかし、春の主役は桜だけではありません。野に出れば、名もなき小さな花々が一斉に顔を出します。誰に褒められるでもなく、ただひたすらに咲く。
その姿にこそ、命の尊さを見るべきではないでしょうか。
ぼんやりしていては見落としてしまう。だからこそ、足を止め、目を凝らし、「咲いてくれてありがとう」と一言、早朝ウォーキング中、心の中で語りかけています。
なぜ花はこれほどまでに美しいのか。
それは「ひとすじの気持ちで咲いている」からでしょう。
迷いも、計算もなく、ただ咲く。その純粋さが人の胸を打つのです。
小さな花でよい。人に賞賛される大輪でなくともよい。誰にも気づかれぬ場所であっても、自分自身の花を咲かせる。その姿を、お天道様は必ず見ている。
人間もまた同じでありましょう。
さて、本日4月4日は(4➕4)で「幸せの日」
私が勝手に決めました。現実にはない。
語呂合わせとはいえ、ふと立ち止まり、「幸せとは何か」と自らに問うにはよい日です。私の考えでは、幸せとは「他者に尽くすこと」にある。
仕事で言えば、相手の期待を一歩超える価値を届けること。その積み重ねが信頼を生み、やがて自らの喜びとなる。花が誰かのために咲くわけではないのに、人の心を豊かにするように、人もまた無心の営みの中で他者を満たす存在でありたいものです。
一方で、現代は大きな転換点にあります。
大阪・関西万博では、空飛ぶクルマの実用化が期待されました。完全な形では実現しなかったものの、未来への挑戦は確実に始まっています。Hondaがかつてオートバイから自動車、さらに航空機へと夢を広げたように、日本の技術は本来、挑戦の精神に満ちていました。
また、自動運転バスや無人交通も現実の課題解決として不可欠です。少子高齢化、運転手不足という現実に向き合うなら、挑戦を止めてはならない。しかしながら、過度な無謬主義や過剰な安全論が、その歩みを鈍らせているのも事実でしょう。
花は失敗を恐れません。ただ季節が来れば咲く。人間もまた、文明の進歩の中で試行錯誤を繰り返しながら、新しい世界を切り拓いてきました。その営みもまた、美しいものとして受け止める感性を持たねば、国の活力は次第に衰えていくでしょう。
春に咲く花と、未来へ向かう技術。
一見、結びつかぬようでいて、根は同じです。
信じて咲くこと。
信じて進むこと。
花は無心に咲き、人は志をもって挑む。その両方が重なったとき、真の意味での「美しさ」と「幸せ」が生まれるのではないでしょうか。Goto


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