サッカー・コバルトーレ女川、5年ぶりにリーグ優勝・・・
近代日本・明治・大正・昭和・平成・令和、5時代と向き合い・・
地域の人々に寄り添い地域と共に歩み続けた石巻日日新聞が
この10月1日に創刊110周年を迎えました。おめでとうございます。
110年の歴史を刻まれた関係各位のご尽力に改めて感謝・御礼申し上げる次第です。
もう何年前になるでしょうか。5年ほどでしょうか。
金曜日に東京で会議が・・その日に帰る予定でしたが、ついつい議論が熱くなって宿泊・・
朝・日課のウォーキングを日比谷公園まで。ホテルに戻りシャワーを浴び、
そのまま岐阜に戻ろうと思ったのですが・・・
何を思ったのか。そうだ、土曜で予定もないし、久しぶりに築地で寿司でも食べて帰るかと・・
(朝から寿司で・贅沢です)有名な寿司店に。カウンターに座りビールを注文。
若い板前が前に立つ。威勢の良い掛け声で、担当する「阿部」ですと。
「君出身は石巻かい」と私が聞くとえっ・・どうしてわかるのですか。
そりゃ君、阿部といえば、宮城・石巻だろう。東北訛りに単なる偶然です。
震災で大変だったねぇ。君はどこにいたの・・・高校生でした・・・
卒業後、ここにお世話になっています。そうか。女川のサッカーチーム知ってるか。
僕・サッカーやってました。コバルトーレでしょ。今年は強いそうだぜ。
漫画館も復活したねぇ。防波堤も整備され、魚市場も新しくなったしねぇ。
高政の蒲鉾は美味いねぇ。宮城で一番じゃないか・・お客さん詳しいですねぇ、
石巻の出身ですか?いや、岐阜だよ。なんで石巻のこと詳しいんですか。
それはねぇ。石巻日日新聞を購読してるからだよ。へぇ・・送ってくれるんですか。
そうだよ。一週間分をまとめて郵送してくれるんだよ。知らなかった。
お客さんの話を聞いてたら、久しく帰ってない、恋しくなったです。
そうか、たまには顔を見せてやれ。親は震災で・・・。思い出させてしまったな。
石巻日日新聞は大正元年・「石巻地区(石巻市・東松島市・女川町)が地域の中核として
発展を遂げるには住民の意識変革も必要である」との創刊者の高い志のもと
地区初の日刊紙として発刊されました。だから今でもこの地区は政治意識が高いのですね。
11年前の大震災は石巻地区にも甚大な被害を与え、地域存亡の危機に直面しました。
日日新聞は、大正モダニズムを伝えた創刊の頃、そして昭和の大恐慌に耐えて・・
戦争の悲劇に翻弄されながら、戦後の復興期にはバックボーンとして住民に新鮮な
情報を届け続けてきました。
大震災時には輪転機が破損。新聞を印刷することができず・・・
全社員が被災地を駆けずり回り情報を収集、避難所に手書きの壁新聞を貼り続けました。
そのジャーナリズムの原点は「命を繋ぐ壁新聞」として国際編集賞を受賞・・・
日日新聞の底力を示しました。
私は・・日日新聞の国際賞を知り、近江社長の指導力と果断に地域情報を取材する
記者諸氏の地域愛に・・・どんな困難であろうとも地域で日刊紙の発行を続ける・・
新聞の価値と役割を学びました。それ以来・・日日新聞は愛読紙です。
そうそう・・・9月30日付・サッカーのコバルトーレ女川が・・
5年ぶりにリーグ優勝したと一面トップに。おめでとうございます。
女川からJFL昇格を高齢化が進む女川の人たちですが、夢です。
築地の寿司屋・石巻出身・阿部くんも・・コバルトーレの活躍に期待しています。
多分ですが・・・
我が愛読紙・石巻日日新聞、地域のために、地域の新聞の誇りにかけて・・
創刊の意志を貫き・・時代を牽引いただきますよう願います。益々のご発展を祈り。
負けてたまるか・・Goto
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