仕事初めに。

耆脩という、これからの生き方

昨年、私は喜寿を迎えた。

七十七歳という年齢は、ただ祝ってもらうための数字ではない。これから、どう生きるのか。その問いを、正面から突きつけられる節目だと受け止めている。

多くの方に祝っていただいた。人生冥利に尽きる。その一つひとつの言葉や心遣いが、胸に沁みた。改めて、ここまで生かされてきたことへの感謝が、静かに込み上げてくる。

だからこそ、思う。
ただ年を重ねるだけでは、申し訳が立たない。祝っていただいたからには、その期待に背を向けぬ生き方を選ばねばならない。

私は、自らの座右の銘を定めた。

「耆脩(きしゅう)」。
耆にして、なお脩める。
年を重ねた今だからこそ、完成したなどと思わず、むしろ自らを厳しく律し、学び、磨き続ける覚悟を、この言葉に込めた。人生死んでもだ

人類の歴史を振り返ると、社会や文化が大きく進化する時、その背後には必ず新しい「力」があった。

蒸気という動力が人の移動を変え、電気が夜を昼に変え、情報が距離と時間の壁を取り払った。そのたびに産業は姿を変え、働き方も、生き方も更新されてきた。

いま、私たちはAIという新たな力の入り口に立っている。先行きが見えにくい、不安だ――そんな声も少なくない。だが私は、この時代を悲観してはいない。変化の只中にある時こそ、人は「何のために働くのか」「何を大切にするのか」を、改めて問われるからだ。

速さや正確さでは、機械は人を超えていく。
しかし、どの道を選ぶのか、誰のために働くのか、どんな社会を良しとするのか――その答えを出すのは、今もこれからも人間である。新しい力が現れるほど、働く意味はむしろ鮮やかになる。

耆脩とは、過去の経験に安住することではない。年齢や肩書きに寄りかからず、昨日の自分に満足せず、今日の仕事に誠実に向き合う姿勢だ。小さな学びを怠らず、小さな改善を積み重ねる。その一歩一歩が、やがて大きな道になる。

新年、仕事初めの日を迎えた。
期待に胸が膨らむ人もいれば、少し気持ちが重たい人もいるだろう。それでいい。大切なのは、今日という一日を、昨日よりほんの少し前向きに生きようとすることだ。

耆にして、なお脩める。
この言葉は、喜寿の私の座右だが、
若い人の心に止めて欲しい。働くすべての人に通じる、静かな励ましだと、私は思っている。

新しい一年が始まった。
それぞれの持ち場で、それぞれの歩幅で、自分を少しずつ更新していこう。その積み重ねが、きっと未来を明るくする。そう信じて、初仕事に挑もうではないか。御同輩。Goto

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