1月4日という日を、甘く見るな
正月休みは三ヶ日と相場が決まっている。
しかし今年は日曜日が重なり、暦はもう一日、静かな時間を与えた。さて、この一日をどう使うか。私は、この1月4日こそが一年を占う日だと思っている。
かつては大晦日まで銀行は営業し、4日からが初仕事だった。銀行が動き、証券取引所が動き始めれば、経済は回り出す。流通は2日が初荷、役所も同じだ。社会は正月の浮遊感を脱ぎ捨て、静かに現実へ戻っていく。
今年は、その空気が明らかに違う。
高市首相の「働いて、働いて、働いて、働く」という言葉が象徴するように、政治にも経済にも、もちろん地方自治体にも、そして企業にも緊張感が走っている。政権与党は過半数割れ。政治は否応なく鍛えられ、物価対策も本気で議論され始めた。
「なんとか回って行けば、生き残っていける」
そんなおうぎょうな構えで今年に臨んだら、とんでもないことになる。あらゆる分野で淘汰と再編が起こる。延命措置で生き永らえてきたゾンビが、この先も残れるほど、社会は甘くない。
なぜか。
政治が業界団体の影響を受けなくなるからだ。
(そうならねば、立憲民主党は存在意義を失う)団体献金に徹底した規制がかかり、既得権という名のぬるま湯は、確実に冷えていく。中央官庁から地方自治体まで、緊張感が走るのは当然である。ボーっとした首長がいれば、それはその地域の住民の責任ということにしておこう。
社会はギスギスする。ゆとりは減る。
だが、荒波は嘆いても消えない。ならば腹を括って乗り越えるしかない。むしろ、緊張感を持って真摯に向き合う者にとっては、成長と発展の余地が開かれる時代でもある。
鍵は一つ、時間だ。
時間は命そのものであり、貯めることも、借りることも、取り戻すこともできない。しかも、成功者にも凡庸な者にも、等しく一日二十四時間が配られる。差がつくのは才能ではない。時間に対する畏れと敬意を持っているかどうか、その一点に尽きる。
人間学的に言えば、時間の観念を持つ者だけが、社会に影響力を発揮する。刹那に流される者に、時代は仕事を任せない。
カレンダーが一日増やした、この1月4日の休暇。
一年の、たった一日だ。だが私は知っている。この一日を曖昧に過ごした者が、一年を引き締めて生きられるはずがないことを。
自分に言い聞かせる。甘えるな。先送りするな。忙しさを言い訳にするな。今日を締められぬ人間に、今年を語る資格はない。さあ、1月4日。己を律せ。この一日を制せぬ者は、一年を制することはできない。Goto


コメント