3月31日。年度の掉尾を飾る一日である。
この一年間、中広グループは一丸となって走り抜けてきた。泣いても笑っても、今日で一区切り。年の瀬である12月31日とは違う、企業人特有の張り詰めた緊張感が漂う。数字と責任が交錯するこの一日は、まさに仕事に生きる者の「決算の大晦日」であろう。
まず何より、2025年度、やるべきことをやり切った仲間たちに、心から感謝を申し上げたい。
「もう少しできたのではないか」と自省を滲ませながら、それでも懸命に走り切ったその姿勢に、深い敬意を抱く。結果だけではない。地域を元気にするという志を胸に、日々の仕事と向き合ったその過程こそが尊い。
また、私たちの情報誌を各戸に届け続けてくださった関係各位、そして手に取り、活用してくださった約2500万人の読者の皆さまにも、改めて感謝を申し上げたい。1200万部という数字の裏側には、人と人をつなぎ、地域に温もりを届ける無数の営みがある。広告の力で人を動かし、経済を回し、地域に活力を生む。その一端を担えていることに、誇りを感じる。
2026年度もまた、「日本を元気にする」という高い志を掲げ、社員一同、愚直に歩み続けていく所存である。変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りたい。
一方で、世界は穏やかではない。3月、ホルムズ海峡の封鎖という緊迫した事態が現実味を帯び、石油危機の影が忍び寄った。だが、高市政権の迅速な対応により、市場は一定の落ち着きを見せている。このまま事態が泥沼化せず、停戦へと向かうことを切に願うばかりだ。
しかし、メディア報道をいくら追っても、真の見通しは誰にも分からないのが現実ではないか。米中首脳の動向が世界の帰趨を左右する構図の中、日本の存在感の薄さに、もどかしさを覚える。自主的な外交を展開する国力の低下を思うと、寂しさも禁じ得ない。それでも、日本には政財官に優れた人材が揃っている。新年度、その力が結集され、新たな道を切り拓いてくれると信じたい。
さて、そんな中で、3月に一つ、心から嬉しい出来事があった。
しばらく休刊していた「石巻日日子ども新聞」が、2026年3月11日、第47号として復刊したのである。
この新聞は、東日本大震災を風化させないという強い意志のもと、2012年3月11日に創刊された。取材するのは子どもたち自身。被災地に生きる当事者として、地域の「今」を自らの言葉で伝え続けてきた。発行は大正元年創刊の石巻日日新聞社が支え、その活動は高く評価され、2021年には「震災の被害に遭った子ども記者が地域を伝え続ける姿勢」が認められ、第55回吉川英治文化賞を受賞している。
一時休刊を余儀なくされたものの、毎年3月11日には、子ども記者やサポーターに向けて発行が続けられてきた。そして今回の復刊。未来へつなぐ強い意思の結晶である。復刊に尽力された一般社団法人子どもみらい研究所の皆さま、そしてコラボレーションパートナーである石巻日日新聞の皆さまに、心より感謝と敬意を表したい。
今号は実に興味深い。NHKの朝ドラ「ばけばけ」をきっかけに、子ども記者がみちのく八雲会主催の講演会を取材し、その縁で島根の小泉八雲記念館へと足を運ぶ。震災報道にとどまらず、記者としての視野を広げる新たな挑戦が描かれている。一方で、一面では石巻・雄勝の人々の営みを丁寧に追い、震災を乗り越えて生きる姿を静かに、しかし力強く伝えている。
この新聞には、単なる記録を超えた価値がある。それは「記者を育てる新聞」であり、「地域の未来を紡ぐ新聞」であるという点だ。
思えば、新聞とは本来、社会の出来事を伝えるだけでなく、人を育て、地域をつなぎ、時代を超えて記憶を継承する存在であったはずだ。デジタル化が進み、情報が瞬時に消費される時代にあって、この子ども新聞の存在は、新聞の原点を静かに、しかし確かに問い直している。
年度末の喧騒の中で、この復刊の報に触れ、私は強く思う。未来は、与えられるものではない。自らの手で紡ぎ、次代へと手渡していくものだと。
中広グループが目指す「地域を元気にする」取り組みもまた、同じ志の延長線上にある。人を動かし、地域に光を灯し、その営みを未来へつなぐ。その意味において、石巻日日子ども新聞の復刊は、私たちにとっても大きな励ましであり、指標である。
さあ、新しい年度が始まる。志を新たに、足元を見つめ、一歩一歩、確かな歩みを積み重ねていきたい。Goto



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