コンビニの祖、鈴木敏文氏の逝去を悼む
自然界を見渡しても、同じ姿を保ち続けるものなど存在しない。春が来れば桜が咲き、やがて散る。夏は燃えるような陽射しを降り注ぎ、秋は実りをもたらし、冬は万物を眠らせる。人もまた同じだ。若さは永遠ではなく、肉体も精神も環境も、刻一刻と変わり続ける。
つまり、「変化しない」ということは、生きていないということに等しいのである。
私は常々、人間学の根幹にあるものは「変化への覚悟」だと考えている。保守とは本来、守るべき本質を守るために、変わるべきものを変える行為である。しかし、人は年齢を重ね、立場を得るほど、変化を恐れる。成功体験にしがみつき、「昔はこうだった」と過去を語り始める。そこに停滞が生まれる。
指導者が変化を拒めば、組織は鈍化する。企業は市場から見放される。国家であれば衰退へ向かう。現実逃避とは、緩慢なる死に他ならない。
そんなことを改めて考えさせられたのが、鈴木敏文氏の訃報である。93歳。心よりご冥福をお祈り申し上げたい。
私の本棚にも鈴木氏の著書が何冊か並んでいる。読み返すたび、経営とは理屈ではなく、「変化を見抜く洞察」なのだと教えられる。
コンビニエンスストア。今や日本人の生活インフラである。だが、かつては存在しなかった業態だ。個人商店、スーパー、百貨店という既存の小売秩序を根底から覆し、日本の流通革命を成し遂げたのが鈴木氏だった。
おにぎり、淹れたてコーヒー、ATM、公共料金支払い、宅配受取。生活者の「不便」を次々と掘り起こし、新しい価値へ転換した。取引先を巻き込み、徹底して顧客目線に立ち続けた。
氏の語録に唸らされる。
「競争相手は決して同業他社ではない。日々変化を続ける客のニーズなのだ」
まさに本質である。敵は隣の会社ではない。昨日まで支持してくれた顧客の心が、今日も同じとは限らないという現実だ。
さらに、「客は今日、美味しいと感じる商品も明日はもう飽きてしまう。そういう変化に対応し続けるのが、私たちの使命だ」
経営に安住はない。成功とは、次の危機の入り口に過ぎぬ。だから挑み続けねばならない。その厳しさに背筋が伸びる。
一方で、晩年には社長人事案が否決され、第一線を退くこととなった。
「信頼されていないと考えた。引退を決意した」
この言葉にも深い学びがある。どれほど偉大な経営者でも、永遠ではない。人は老いる。時代は変わる。絶頂期ほど落とし穴は深い。
資本の論理に組みせず、自ら身を引いた潔さに、私は敬意を抱く。同時に、「引き際」の難しさも痛感する。去る勇気もまた、経営者の器なのであろう。
柳井正氏は、「顧客起点の発想で流通業の常識を変化させ、新たな価値を生み出し続けてきた稀有な経営者だった」と語った。
また、小林健氏も、「米国のモデルを日本流にポピュラー化した経営手腕を評価する」と悼んだ。
まさに、日本流通史に巨大な足跡を刻んだ人物であった。
変化を恐れず、顧客のために挑み続けた人生。そして最後は、組織の論理を受け入れ、静かに舞台を去った。
「変化こそ唯一の永遠である」
鈴木敏文氏の人生そのものが、この言葉を証明していたように思えてならない。
私もまた、時代の変化から逃げず、現実を直視し、人の役に立つために挑み続けたい。
それこそが、生きるということなのだろう。Goto


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